「ヤマカン」は武田信玄の軍師である山本勘助が由来
「明日の試験はヤマカンだな」と学生の間で交わされる会話。
学生の中には、試験内容の全部を勉強するのではなく、ヤマカンで出題されそうなところだけ勉強する人も多いのでは?
さて、この「ヤマカン」の由来はどこからきているのでしょうか?
「ヤマカン」の由来は山本勘助
「ヤマカン」は歴史上の実在の人物・山本勘助に由来しています。
戦国時代に甲斐の武田信玄。「風林火山」の旗印を掲げ、密かに西へ攻め入る機会を狙っていました。
信玄の兵力は当代一と言われていて、甲斐の国がもう少し都に近く、もう少し早く生まれていたら、おそらく天下を治めていただろうと言われています。
信玄の参謀だった山本勘助は、歴史に名を残す有名な策略家でした。
敵の心情を読み取ることにかけては天才的であり、何度も相手の裏をかいて武田軍を圧倒的な勝利に導きました。
「ヤマカン」は、山田勘助にちなんだ言葉で、鋭い勘を働かせ、成功を治めることを、いつの頃からか「ヤマカン」と呼ぶようになったのです。
戦国時代に由来がある言葉として「三日天下」というものがあります。
本能寺の変で明智光秀が織田信長を倒し、天下を取ったものの、長くは続かなかったことから、短期的な政権や先の短い権力者のことを三日天下と呼ぶようになりました。
言葉としては三日天下ですが、実際のところ明智光秀が政権を握ったのは11日間だったという話。