修正液はミス連発のOLが生み出した仕事のスピードアップ対策

雑学

手書きの書類の書き直しって大変ですよね。

一箇所間違っただけで、重要な書類だと最初から書き直しになり、うんざりしますが、社内文書程度であれば、修正液で間違った場所を消して書き直すのが最近では当たり前です。

事務作業に必要不可欠とも言える修正液ですが、実はあるミスの多いOLが考え出した苦肉の策だったのです。

修正液はうっかり屋さんのタイピストが発明

1950年代はタイプライターが活躍していた時代

発明のきっかけはタイプミスの多さでした。

1950年代、アメリカのオフィスで働く女性たちの最大の敵(かな?)といえばタイプミスでした。

当時はタイプライターで手書きの書類を文書化していたんです。

一文字間違えただけで、最初から書き直す羽目になり、タイプミスが多いと必然的に仕事が遅くなってしまっていました。

タイプミス多さをカバーしようとして考え出されたアイデア

修正液を考え出したベティ・ネスミス。

彼女は有能な秘書だったものの、うっかり屋さんでミスの製造機といってもよいくらいでした。

ベティはあともう少しで出来上がりという時になってタイプミスを繰り返していました。

そんなある日、ベティにあるアイデアが浮かびました。タイプミスしたところに白い塗料を塗り、その上にもう一度タイプするか、あるいは書き加えれば書類を全部、タイプしなおす必要がなくなるのではと。

そして、ベティは通勤鞄の中に小瓶に入れた白のテンペラ画用のラテックス塗料を持ち歩くようになりました。

これが修正液の元祖なわけです。

「ミステイク・アウト」と名付けられた修正液

ベティの同僚たちは、その白い液を分けて欲しいと言ってきて、ちゃっかりもののベティは、瓶に「ミステイク・アウト」というラベルを貼って売り始めたのです。

「ミステイク・アウト」は、段々タイピストの間で評判となり、そのことを聞きつけた「オフィス」という業界紙が、1958年にオフィス用品の特集号で「ミステイク・アウト」の紹介記事を書きました。

その記事は大反響を呼び、ベティが開発した「ミステイク・アウト」は、全米で働くOLの注目の的になったわけです。

「ミステイク・アウト」で財産を築いたベティ・ネスミス

ベティは脱サラし、秘書の仕事辞めて修正液販売に専念しました。

「ミステイク・アウト」は売れに売れ、ベティが56歳で亡くなった時には、何と5,000万ドル、当時の為替(226円)で換算すると113億円もの財産を残したんだそうです。

この財産は半分がベティの息子が相続し、残りの半分は慈善団体に寄付。

ベティの息子はというと、1960年代の人気ポップグループ「モンキーズ」のメンバーでマイクと名乗っていたそうです。

ついている人はついているんですね。

修正液はミスの多いタイピストの苦肉の策

それにしても、修正液が生まれたのはミスを帳消しにしたいというOLの苦肉の策だったわけですね。

しかも、そのおかげで一財産築いたわけです。

まさに「たなぼた」ですね。

発明のきっかけは、何気ない思いつきが多そうです。

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税務会計のミチシルベ

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